インスピアノ誕生のお話~前夜
続きのお話です。
さて、結婚し、夫の転勤で秋田、岩手と東北地方に10年ほど住んだころ、
2011年3月11日を盛岡で経験しました。
ずっと夫も宮城の農家のルーツですので、自分で食べるものは自分で作りたい!と
畑を借りたりしていましたが、震災の時に住んでいた部屋が9階だったこともあり、
「地に降りたい」という欲求が増してきました。
本当に強い揺れと余震、そしてライフラインが簡単に止まってしまい、
田舎暮らしに漠然とした憧れを抱いていた私たちは
その時に隣の部屋に住んでいた100歳近いお爺さんのお孫さんが
家族で海外に転勤になるというので、建てて間もない木の家に
留守番で住んでくれる借り手を探しているという話に
飛びつきました。
その場所は盛岡から30分ほど車で走った岩手山にほど近い田舎の町。
開拓地のそこは隣の家も300メートルくらい離れた一軒家で、
薪ストーブのある平屋でした。
隣の家には馬がいて、近くの岩手山神社のお水を
盛岡にいる時よくいただきに来ていたので、
本当に願ってもない話。
そして、そこに、古びたマホガニー色のピアノがぽつんと置いてありました。
家を建てる時に、建築会社のほかの現場でいらなくなって打ち捨てられていたものを
そのまま運び込んだものだそうで、
しばらく調律されていない様子でした。
でも、ログハウスのような木造の家でしかも天井がロフトになっていて高いので
すごく響きがよかったせいで
とても音が気持ちよくて、
そのピアノの音色は例えていうなら、「スティング」という
ロバートレッドフォードとポールニューマンの映画みたいなオールドタイムな音でした。
The Sting Theme (Joplin - The Entertainer)
デタラメにポロンポロンと弾き始めてみたら
本当に心が落ち着いて、
なんだかあんなに嫌いだったのに、毎日のように
ピアノを好きな時に弾けるというぜいたくな暮らしが
やってきました。
それから、文章教室で出会った方の紹介で、
大人のピアノサークルというものにはいり、
色々な公民館やホールでかわるがわる何人かでそこにあるピアノを
弾くという面白いサークルに入りました。
順番で弾き、待っている人はお菓子などをつまみながら、聴いているのかいないのか。
まるでカラオケボックスのような気軽さ!
そこで、久しぶりに楽譜を買ったりして、弾きたかった
ショパンの「ノクターン」とかドビュッシーの「月の光」などを練習して、
楽しかったです。約25年ぶりにピアノの生活が戻ってきました。
ピアノの先生をされている方も参加していて、
気楽な会だけれど、勉強になったのです。
色々なピアノを弾いてみる、そして人前でも
発表会じゃなくても弾くという経験は
大きかったのかもしれないな…と感謝です。